《 写真 & 文:植野真知子》
ここでは、オーボエに限らず様々なものをご紹介していこうと思います。
是非、それぞれの音色を想像しながらお楽しみください☆
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
すべて異なる製作家による ’’ヴィオール属’’ の弦楽器。
前列左がヴィオラ・ダモーレ、右の二挺はパラドゥシュー・ドゥ・ヴィオール。
後列は二挺ともカントン という楽器である。
現代のオーケストラで使われている ’’ヴァイオリン属’’ (ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)の弦楽器とは、ざっくり言うと ’’血が繋がっていない’’ 楽器たち。
と言ってしまうことが憚られるなら、’’会ったこともない、というぐらい遠い遠〜〜い親戚’’ というような関係性の楽器たち。
長年の経験からくる知識や勘などを総合してみてのあくまで私見に過ぎないが、その「発音」(楽器の発音、民族のもつ言語の発音)や、残っている楽曲の内容から考えてみても、当時イタリアで好まれた「ヴァイオリン属」に対して、フランスでは圧倒的に「ヴィオール属」が好まれたように思う。
バロックの後期でも、もしかしたらフランスでのオーケストラの弦楽器は、上声部から低音部までヴィオール属で揃えられていた可能性だって十分考えられる。
ヴィオール属で統一された弦楽器群の響きはさぞ芳醇なものだっただろうし、フランスの管楽器との相性も抜群だったに違いない。
確かなことは・・・
現代ではもうその姿さえ失われてしまい、博物館に残っているものはほんの一握りにしかすぎず、我々の想像をはるかに超える様々な種類の楽器があった、ということ。
楽器に限らず、長い歴史の中で、現代には跡形もなく、記録にすら残っていないものはきっとものすごく沢山ある。
私はそれらを決して「役立たずになって淘汰されていった」ものばかりだとは思わない。
「価値が低かった」わけでもないと思う。
時代は移りゆく。
単に、そういうことなのではないか。
そこにどんな想いを馳せるかは、「見えないものを見ようとする」ことととても近い気がする。
もともとの「人間」という生き物の、’’本来の能力’’ を考えてみることとも通じるように思えてならない。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
パスカル・タスカンによってパリで1788年に作られたピアノ。
もともと名だたるクラヴサン(チェンバロ)の名工のもとで多くの仕事をしてきた彼によるこのピアノは、一見クラヴサンのような雰囲気も醸し出しています。
気品あるとても美しい楽器。
ロココ趣味の装飾からは、薫りたつような魅力が漂ってきて、この楽器の前に佇むだけでいつの間にか笑顔になってしまう気さえします。
すぐ目の前に「さぁ、わたしを弾いて♡」と言わんばかりの楽器があるのに指一本触れられない...!(当然ですが触ってはいけないので)
せめて、想像のなかでこの楽器を奏でてみるしかありません。
軽やかで、華があり、しかも含みのある素敵な音がしそう...(あくまでも私の勝手な想像です ^^)
どのあたりの作曲家の作品が演奏されていたのか... 想いを馳せていると時の経つのも忘れます。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
ヴァージナルという、チェンバロと同じ発音機構をもつこの鍵盤楽器は、17世紀の画家 フェルメールの絵に登場することでもよく知られています。
それもあってか「ヴァージナル=長方形」と思い込んでしまいがちですが、私はまだその現物にお目にかかったことはないのですが、イタリアのヴァージナルには多角形のものもあったようです。
これは、アントワープの名工 ルッカースによって製作されたもの。
鍵盤の下の鍵盤部分を覆うフタに「H」と「R」という文字が入っていますので、初代ハンス・ルッカースによるものでしょう。
非常に美しく、かつ堂々とした風格を感じさせる楽器で、凄いオーラを放っています。
チェンバロとは違い、鳴らした音がフタに反響してダイレクトに奏者に戻ってくることや、フタに描かれた絵と真正面から向き合って弾くという点からしても、たとえ発音機構は同じとはいえ全く感触は異なります。
もちろん音色も違いますし、レパートリーも異なります。
イギリスで1612年頃に出版された鍵盤楽器のための最初の曲集の表紙には、当時の三大作曲家 バード、ブル、ギボンズの名前が入っています。
現代の音大生(や先生方)のどれくらいの方々がこういう作曲家の名前をご存知かな、と思います。
もちろん私だって古楽器の世界に足を踏み入れてから知ったことがどれだけあるでしょうか!
知れば知るほど、『 ’’知らない’’ ということを ’’知る’’』ことになります。
これは、音楽に限らず人生のすべての局面において当てはまることですね。
学びと発見、出逢いと気づきの連続。
だからこそ人生は楽しい!
〔ハンブルク美術工芸博物館 所蔵〕
1755年、アントワープで製作されたヨハン・ダニエル・ドゥルケン(1706 - 1757)によるクラヴサン。
一段鍵盤で、既にご紹介してきたクラヴサンに比べると音域も少しだけ狭い楽器です。
魅力的な足のライン、色合いや装飾も含めとても素敵なオーラを放っていて、私はこの楽器の傍からなかなか離れ難く、長い時間ここに佇んでしまいました。
どんな音がするのでしょう。
意外にしっかりした音なのかもしれませんし、儚(はかな)げな音色なのかもしれません。実際に触ることは禁じられていますので、そこはなんとも分かりません。
同じ製作家のもっと大型の楽器しか知らなかったので、こんな繊細な雰囲気のものもあったのかと別の驚きもありました。
因みに、二人の息子も鍵盤楽器製作者となり、長男の息子、孫にあたるルートヴィッヒ・ドゥルケン(1761 - 1835以降)は20歳の時にミュンヘンに移り住み、その後ピアノフォルテの製作工房を開いたことが記録に残っています。
管楽器、弦楽器もそうですが、鍵盤楽器製作も親から子へ、そして孫へと代々受け継がれていくことが多かったようです。
おそらく口頭で伝えられていく秘技でいっぱいの職人技の世界。
だからこそ、より特別なものが宿り、数百年の時を越えても我々を魅了する ’’なにか’’ を放ってやまないのでしょう。
ヴェルサイユのシャペル・ロワイヤル(王宮礼拝堂)のパイプオルガン。
1710年に完成したこの礼拝堂は、ルイXVI 世とマリー・アントワネットの婚礼も行われた場所。
観光客は入口から中を覗き見ることしかできないのですが、私は有り難いことに演奏させていただく機会に何度もここを訪れています。
これは、そんな折りに合間を縫って礼拝堂上部に昇ってゆき、パシャッと撮ってきた写真(古いカメラなので画像が粗く残念...)。
ここのオルガンは、ルイXIV 世の命を受けたその時代を代表するオルガン製作家が作ったものの、その後の様々な時代の波に幾度となく改修が重ねられ、一時は当時のものとはかなり違うものに作り替えられていたようです。
その後1995年に「当時の状態に出来るだけ近づけよう」と大改修が行われ現在の姿となっています。
正面の金ピカの扉部分を開き、鍵盤やストップ(色々な音色を選択する機構)を手前に引っ張り出して演奏する仕組みになっています。
なにせヴェルサイユ!
栄華を極めた時代の王宮の礼拝堂です。
大理石をふんだんに使った豪華極まるこの空間ですから、鳴り響く音色も格別。自分はいったい何処にいるのだろう... そんな感覚に陥ります。
教会のパイプオルガンは、他の楽器とは違って ’’その場所に行く’’ ことでしか実際の音に触れることはできません。
ヨーロッパの空気、ヨーロッパの建物の中で響くその荘厳な音に包まれる時間。
他のものでは代用のきかない、ある意味で「文化遺産」のようなものですね。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
「太鼓とラッパ」
常にタッグを組む関係にある楽器です。
2019年12月の Les Arts Florissants 40周年公演では、ティンパニのソロ、次いでトランペット隊が高々とファンファーレを奏でる、というコンサートの冒頭でした。
威風堂々、華やかで気品に満ち溢れた、それはそれはカッコいいものでした(長年 LAF のパーカッショニストを務める Marie-Ange Petit はおそらく世界一のセンスと技術の持ち主! 私の大尊敬する素晴らしい奏者です)。
このティンパニもこんなに装飾があってただならぬ雰囲気ですね。
楽器の「装飾」は、なくてはならぬもの ’’ではない’’ が故に、逆にそれがあることで意味合いが深まります。
チェンバロの足を、わざわざ作りにくい「猫足」にするかしないかでおそらく楽器の音じたいは変わりませんし、ガンバやギターに細かい象牙の細工を施したからといって、ものすごい超絶技巧が楽々と奏でられる、というわけでもありません。
’’わざわざ手の込んだものを作る’’ --- こういう時代の美意識から、沢山のものを学ぶことができるような気が私はするんです。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
バロック・ギター。
この、ボディの曲線の美しさ!
私はこういう類いの楽器は「とても操れる気がしない」ので細かいことはわからないのですが、それでもこれらの美しさはわかります!
象牙を嵌め込んだ装飾や、’’ロゼッタ’’(サウンドホール)の繊細な細工がもう...!
’’口ひげ’’ に見える装飾も「なになに公爵」みたいなかんじでカッコいいですよね ^^
後ろ姿まですごくオシャレな楽器もあって、抱きかかえて音を出してみたい誘惑に駆られます。
因みに、17世紀フランスもののバロック・オペラでは、リュート奏者がギターも持ち替えて弾く部分が必ずといってよいほど出てきます。
舞曲の部分だったり、劇中劇のような扱いの ’’イタリアン’’ のシーンなど曲によって様々ですが、小気味良いリズムでこれまたカッコよく、ほんの短いシーンでもとても印象に残ります。
〔ハンブルク美術工芸博物館 所蔵〕
1本前の投稿からの流れで・・・
2本のオーボエ(左の2本)と、それよりもう少し後の時代のクラリネット2本。
オーボエ:18世紀後期(左)と、19世紀かかり頃(右)
ともに J.F. グルンドマン作
クラリネット:A管(左)とB管(右)
ともに1820年頃 J.H.W. グレンザー作
グルンドマン、グレンザー 共に名工として名を馳せたドレスデンの木管楽器製作者です。
〔ハンブルク美術工芸博物館 所蔵〕
ファゴット、3本のフルート(トラヴェルソ)、2本のオーボエ。
これらは全て18世紀後半(〜19世紀かかり)の頃の楽器ばかり。
つまり「古典派」から「初期ロマン派」(と現代人が分類している)時代のもの。
「バロック」時代の楽器に比べて少しずつキィが付き始めてくる。
内径も違えば吹奏感も異なる。
音色も違うし当然ながらピッチも異なる。
いつの世も、’’道具’’ は様々に形を変えてゆくものだ。
ただ、それが「進化」だとは私は思わない。
単なる「変化」にしかすぎないことを、35年以上の経験でしみじみ実感するからである。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
ベルリオーズがパリで『幻想交響曲』を作曲したのが1830年。
これはその頃にパリで作られたホルン。プレートには「1835年頃」とある。
同時代、1824年にはウィーンでベートーヴェンの『交響曲第九番』が初演されており、初期ロマン派時代の作品はこういうホルンが美しい音色を奏でていたということがわかっている。
現在、フランスでは十年以上も前からロマン派時代の作品の演奏でもピリオド楽器を使用するオーケストラが数多く生まれてきており、それぞれの時代の音色が21世紀に甦っている。
作曲家の意図したことは、その曲が書かれた時代の楽器で演奏することによって「なるほど〜!」と腑に落ちることばかり。
演奏家サイドにとっても、そして聴衆サイドにとっても。
〔ハンブルク美術工芸博物館 所蔵〕
見るからに手の込んだ細工が施されたヴィオラ・ダ・ガンバ。
ティルケによって1689年にハンブルクで作られた名器。
ドイツ東部マクデブルクで生まれたテレマンが、40歳になった1721年にハンブルクに大きなポストを得てここに越してくる。
その後、生涯にわたりこの土地で大活躍を繰り広げたことは、残された多くの作品群からも明らかであり、当時、バッハよりも名声高く、人気もあったことが、書き残された様々な資料から推し量ることができる。
2015年に個人コレクションでのオリジナルの楽譜が見つかるまで、長きにわたって失われたとされていたテレマンの『ヴィオラ・ダ・ガンバのための12の幻想曲』。
1735年にハンブルクで出版されたこの曲は、テレマンがこの楽器の魅力に触発されて書いたもの... ’’ではない’’ と誰が言い切ることができようか。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
総象牙の楽器、ジョイント部分に象牙や銀が施されている楽器、黒檀や柘植などいろいろな木材で作られている楽器、さまざまです。
ナウスト、ステインズビー、シュレーゲル、グレンザー などの名器の数々!
ズラリと6本の「替え管」付きで、しかもかなり良い状態で残っているもの、ケース付きのものなども貴重なコレクション。
壮観なトラヴェルソのコーナーです。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
製作年は明確にされていませんが、18世紀にやはりフランスで改修されたルッカース。
日本語でいわゆる「猫足」といわれる家具などの足は、特に有蹄動物の足を真似たものが元とされているので厳密には「猫」ではないわけですが、まさにこの楽器はそうなっています!
既に古代ギリシャや古代中国でも存在していたようですが、西欧では18世紀初期に家具などに取り入れられ始めたようです。
豪華な装飾を施した調度品でまとめられたサロンに、同じ装飾様式で統一された豪華なクラヴサンが置かれていた時代。
つまり、一般市民が弾く楽器ではなかった、ということになりますよね。
そしてそれを聞く人たちも。
要するに・・・そういう時代です。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
ルイXIV世様式の足をもつこの楽器。
1652年にアントワープでヨハンネス・クーシェによって作られたクラヴサン。
向こうに見える肖像画はラモーなので、この楽器が誕生した時代とは微妙に異なるわけですが、18世紀に入ってからおそらくフランスのメーカーによって鍵盤が二段に改修されたので、そこで時代が重なる、ってかんじかな。
...と思ってこのアングルで撮ってみました。
パリではこの楽器を実際に名手が使用するコンサートも行われたり、レコーディングに使用している奏者もいます。
もちろん誰彼にでも貸し出すワケじゃないので、実際にこれに触れられる人は限られてますが、世紀を越えてその音色に触れられるのは稀有なことですね。
*仏語で「クラヴサン」、英語で「ハープシコード」、独語で「チェンバロ」、伊語で「クラヴィチェンバロ」、すべて同じもの ^^
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
ルイXIV世統治の時代、当然ながらラジオやCDなんてモノはなかったわけで、行事や催事以外でも、宮廷お抱え楽士による ’’ナマ演奏’’ が流れる音楽の全てであったわけです。
「王様の お成ぁ〜りぃ〜〜」となれば、このプレートにあるような馬に乗ったラッパ隊 & 太鼓隊(「グランド・エキュリ」。オーボエ隊もここの所属)が輝かしい音楽を奏で王を讃えます。
そのほか、王様が狩りにお出かけになるとなればそれ用の音楽を、戸外のパレードにはそれ用のファンファーレを、賓客がおいでになったといえばそれ用のものを etc... なんやかんやと一日じゅう出番は多かったことでしょう。
この一対のティンパニもかなり小ぶりな馬上での演奏用。
あのヴェルサイユ宮殿の敷地内に、さぞ華やかかりし音が鳴り響いていたのだろうと想像するだけで、’’太陽王’’ の姿が目の前に浮かびあがってくるのは私だけ?
〔ライプツィヒ楽器博物館 所蔵〕
上管がカーブしてるオーボエ・ダ・カッチャ、そして丸っこいベルのオーボエ・ダモーレは、ライプツィヒの楽器。
この2本は、’’生まれ故郷’’ の博物館に入れてもらってるわけですね。
その右の、ほんの少し時代が後のタイプのオーボエはドレスデンで製作されたもの。
リコーダーはニュルンベルグの楽器です。
左端にちょっとだけ写り込んでるファゴットはドレスデン。
左下に頭部間だけ見えているトラヴェルソはニュルンベルグ生まれ。
博物館の閉まった真夜中、この 18世紀生まれの木管楽器の皆さんたちはドイツ語でどんなことをお喋りしてるのでしょうね。
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
オーボエ・ダモーレの姿もあります。
あっ、ダ・カッチャの先っちょしか入ってなかった!
博物館のこのコーナーは、オーボエ吹きにはちょっと鳥肌モンです。
なんせこれらの ’’本物’’ から放たれるオーラが凄いので!
残念ながら、薄暗い部屋の中、ガラスで大事にガードされているので素人には非常に撮りにくく、その雰囲気は伝わり難いですよね...
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
一番右が、いわゆる「タイユ・ドゥ・オーボワ」(F管)。
リュリやシャルパンティエのオペラ作品では、私も好んでこのパートを受け持つこともあります。
この写真のタイユ・ドゥ・オーボワ(H. リヒタース作)は、象牙もたくさん入っててかなり重そう...
大きい(長い)ので指穴の間隔も広く、身体的にも、オーボエを吹く時とは使う筋肉が違うのでそれなりに大変です。
でも「内声部」を吹くのもホント楽しい〜♪
〔パリ楽器博物館 所蔵〕
溜息がでる上品な美しいライン...
あ、リード部分は、チューブも含めてコレはかなりいい加減ですね(苦笑)。
オーボエはこの部分が99%以上残っていないのでホント研究が大変なんです。
奥にはバッソン、一対のティンパニ、そして2台の ’’低弦’’。
オーボエの足元にはトラヴェルソも見えます。
どれも、かつて美しい音楽を奏でていた楽器たち。
とけ合うハーモニーが聞こえてきそう...♪